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2008年11月24日 (月)

♯29 さらば兄上

時宗殿の命を受け、北条義宗 (宮迫博之氏) が挙兵・時輔の屋敷を取り囲む

「どこまでもご一緒致します!!!!!」
泣きながらすがるヨメ@祥子 (ともさかりえ女史) ・はったおす時輔サマ
「どのような形でも生き延びるのじゃ!」
「手紙さえ見せれば!」 飛び出そうとする忠臣服部を 「射抜かれるだけ」 制す
「服部!その方の忠にかけ3人を守りぬけ!!!!!」

妻子を託し、多勢を相手に応戦する時輔サマ

「斬るでない!!!!!今は奥方とお子の命は取らぬ、捕らえよ」
服部と祥子、2人の子は捕らえられた

追い詰められた時輔サマ
「何か言いたきことがあれば聞こう、遠慮は要らぬ、申されよ」
「そなた・何も解っておらぬ…」
「どういう意味じゃ!?!?!?!?」
目を潤ませる時輔・義宗
何とも言えない沈黙…
義宗にも 「謀反を討つでなく、政治的判断」 解ってるんだろな
「火を放て!!!!!」 義宗の号令で火に包まれる屋敷

博多では時輔の訃報に落胆する蒙古 (現モンゴル) の使者・趙
時輔だけが頼みの綱だったため、手ぶら帰国を余儀なくされる

「時輔殿の遺髪にござる」 鎌倉に帰還した義宗
「義宗殿、大儀であった」
謀反に加担した京の公家は一斉出家処分、祥子は子供共々実家に帰すと言う時宗殿
が、子供への措置が手ぬるいと長老・北条政村 (伊東四朗氏) は反論
「祥子殿は御実家に戻す、謀反が心配なら実時殿に導いて頂けばよい」
「お気遣いかたじけない」(実時@ピーター氏・祥子のおじ)
「気遣いではござらぬ、情けみせてこそ御家人も従うと考えておる (キッパリ」
政村・返す言葉ナシwwww

「いやぁ~兄上には驚いた!」 感嘆する宗政 (比留間由哲氏・時宗同母弟)
激しく同意ッ!!!!!!
今ひとつ支配者として弱かった時宗殿・一気に成長した感
「ささッ!キジが焼けもうした!(笑顔」
時宗会では一番下位のハチ、かいがいしく給仕に徹していますw
「ウマイッ!!!!!!」 デカイリアクションで皆をほころばす義宗

※時宗会…勝手に命名しました (殴
  時宗殿を支える幕府若手の会・次代を担う重鎮子息で構成、出世頭のハチも居ます

その夜、最明寺で一人祈る宗政・訪ねる時宗殿
「兄上とわしの仲を取り持つ役命じておきながら、結局は一番辛き役目押し付けてしまった」
「兄上の最期を聞かせてくれ…わしを怨んで逝かれたか、父を怨んで逝かれたか、聞いておかねばなるまい」
「時輔殿は鎌倉武士として逝かれた!恨み言は申さず、国の行く末を案じながら…立派な御最期であった!」
「義宗殿が鎌倉武士として相対してくれたからであろう、心より礼を申す」
涙を堪える時宗殿
温厚さで見込まれた義宗は、その分傷付きやすい性格でもある
時宗殿の気持ちだけでなく、義宗のためにも労ったことは良かったんでないかな

「元々謀反を起こして朝廷から力奪うたんは幕府やないか!?!?!?アーッ!!!!! (号泣」
京では出家を命ぜられ、荒れる宗尊親王
この後、失意のうちに亡くなられたそう
吹越満氏扮するイヤーな感じの麻呂キャラ・秀逸でした

京に戻った義宗には、祥子に処分を伝える仕事が…
当然 「恨みは忘れません」 罵られ、いたたまれない
「祥子様は正気を無くしております!何卒恩情の取り消しだけは御勘弁ください!」
平伏する服部・切ねぇ

桔梗は佐渡への流罪が決まるも 「時宗殿は実の兄を殺した」 高笑い
「たたッ斬るぞゴルァ」 なイキオイで身を乗り出すハチ
「そなたの恨みに、わしが国を想う気持ちが負けることはない」
ゼッタ辛いのに、冷静な時宗殿 (涙

が・部屋に戻ると兄の遺髪を握り締め泣きそう…
愛妻・祝子(西田ひかる女史)が来て 「苦しみを分けてください」
「兄上のことはわし一人で受け止めねばならぬ」 それこそ誠意だよな…
そこにヅカヅカ乗り込んで来た涼子(浅野温子女史・時宗生母) ウゼー
育児拒否ってたくせに、大人んなって一等辛い時に母親ヅラでガンガン言うって;
それこそ卑怯じゃねぇんかい…
だから女って嫌いさw

祥子を実家に送り届けた服部が訪ねて来る
「これを…お読み頂きとうござる!!!!!」
それは、時輔サマが時宗殿に充てた潔白を記した手紙

遅セェェェェェエエエ (号泣

正しいと思って耐えてきたことが、全て無駄だった
そのため亡くした兄は帰って来ない
時宗殿・ショックで壊れそう…

僕がもし時宗殿の立場だったら同じことをしたと思う
ただ、それは最終判断であって、少なくとも幕府で職に就かせたりなどしない
陰謀渦巻く京都なんか鬼門じゃろ
自分が執権 (No.1) になった時点で出家FAかな
生きて傍に居てもらうにはそれしか無いとオモ
そしたら周囲も担ぎ出すことは出来ないし、相談行き放題・坊主執権とか陰口上等
兄も弟も青かったな…

って・時輔の開国する以外に道は無いってのもQ極論です;
蒙古は貿易目的じゃなく属国支配が目的でしたから、対等の付き合いなど望んでいたらお花畑だぜ
ジャイアンが 「友達になろうぜ!」 言うのと一緒 (何
時宗殿は属国の王として生かされたかも知れませんが…って正道から行けば天皇でFA
朝廷と幕府の折り合いは悪く、時宗殿・いっそ命が危ないわ;
よって・時輔兄の思想はウン百年早すぎたというか…
別に応戦上等ってワケじゃないすけんが、兄の思想は無理すぎるかと…
だもんで、蒙古の手紙をシカトして 「なぁなぁになったらいいな (つか・成す術無し」 な幕府&朝廷を理解出来なくもない
既に蒙古支配下に置かれていた高麗 (現:韓国) の皇太子・諶は忠烈王として身分は保障されてます
それは、この忠烈王が軍部から自分の権力を取り戻すべく、蒙古への属国を誓ったためでしょう
そうして得た後盾を磐石にすべく、クビライ (蒙古王) に日本進軍を薦めるんですね
高麗には反蒙古・反忠烈王のレジスタンスが居たので、高麗ルートで日本遠征してくれれば軍事力集結→抑止力という算段
【元寇】 の起こりにはそんな背景があります

脱線しました・以上

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